私の知人にまだ40代後半でありながら、老後が心配になってきた、
という主婦がいます。テレビの情報番組やドラマなどで、夫を若くして亡くした妻の苦労や、
年を取ってから子供に捨てられて、孤独に苦しむ女性の姿を見て、そう思うようになったと言います。
彼女は、見た目は若いので、私も、当初は意外に思いました。
一般的に、人間というものは、将来について漠然とした不安を持つものだと言えます。
たとえ現在は、経済的にも肉体的にも不自由がなくても、この状態がいつまでも
続くわけではないと、感じていると思います。それが高じると、芥川龍之介のように、
将来に対する漠然とした不安が理由で自殺してしまう場合もあるでしょう。
それほど、不安というものは恐ろしいものです。
今朝もそんなことを考えながら、というか、ほとんど考えていなかったかもしれませんが、
朝食を取っていた時、新聞の片隅の記事が目に飛び込んできました。アインシュタイン語録の紹介で、
「私は未来のことをけっして考えない。どうせじきに来ることなんだからね」
というものでした。さっそく家内に話して、反応を見ました。
「あまりにも短くて、意味がよく分からない」とのことでした。
確かにそのとおりです。アインシュタインは、何を考えていたのか?
天才には、凡人には分かりかねる部分があります。
ただ、一つだけ確かなのは、こんな言葉が注目されるのは、みんな未来のことで悩んでいる
という事実があるからなのでしょう。
たかだか5日間の大型連休をどう過ごすか、ということでも大分悩んだ私にしてみれば、
長い長い老後をいかに過ごすか、は、本当に大きな問題だと改めて認識しました。
会社や仕事を定年退職して、第二の人生をスタートさせて、いざこれから老後を迎える人が抱える悩みにはイロイロあります。
今まで、会社や仕事で一生懸命頑張ってきて、まだまだ働けるのに定年ということで会社を去らなければならない・・・。仕事を取り上げられることで、社会から取り除かれてしまったという孤独感。
65歳になったという事実だけで「高齢者」と呼ばれてしまうことへの抵抗感。
こうした心の悩みを抱えてしまう方が後を絶ちません。
現役時代は仕事のストレスに悩み、老後は仕事から離れてストレスを抱える・・・。
まさに「ストレス地獄」といえるような苦しみを抱えた人が増え続けています。
「生きる」こととは何ぞや、という問いかけをしてこなかったツケが、老後に一気に噴出してしまったといえるかもしれません。
現代の日本では、「死」を徹底的に日常生活と切り離してしまっています。
亡くなる人のほとんどが病院で最期を迎え、葬式は郊外の斎場で行われるケースが多くなっています。日常生活の中に「死」の匂いのするものはほとんどありません。
日常生活から「死」を完全に閉め出してしまったがために、コントラスト(対比)としての「生きる」ことの大切さも薄れてしまったように感じます。「死」を真正面から捉えることで、「生きる」意味が見えてくるのではないでしょうか。
老後を迎える前に、現役の間に「死」について、「生きる」ことの意味について今一度考えてみてはいかがでしょうか。
現在40歳前後の、特に独身女性を「アラフォー」世代と呼ぶのをご存知だと思います。
この世代の女性は、高校卒業時に「男女雇用機会均等法」の施行を迎え、続々と社会進出を果たしていったキャリアウーマンの「先駆け」ともなった世代です。
バリキャリ(バリバリキャリア)とも言われ、男性と変わらない収入を持ち、一人で生きることを自由に選択できるようになった世代ともいえます。つまり、結婚しないことを選択したことによって、今までの価値観では想像できない「老後」を迎えるといってもいいでしょう。
結婚という形ではないパートナーとの老後、女性一人で迎える老後、もちろん結婚している人も老後を迎えます。しかし、それぞれの老後の人生設計は大きく異なり、多種多様な老後の在り方が存在するようになっていくことが考えられます。
老後を迎えるまでのおよそ20年間をかけて、老後の生き方、人生設計、価値観を作っていかなければならない世代なのではないでしょうか。そこでは、これまでの既存の考え方だけではついていけない新たな考え方、価値観が必要になると思います。
老後といわれる期間も、女性の平均寿命が85歳を超えている今では20年以上あります。赤ちゃんが生まれて成人するまでの時間ですから、決して短い余生といえるような長さではありません。
老後は「第二の人生」ともいいます。
まだまだ定年退職してリタイアするまで20年以上ある、などと高をくくらずに今のうちから老後のことを真剣に考えていこうじゃありませんか。
老後を楽しむためには、「健康」であることが大切です。
家があっても、お金があっても、孫が元気でも、自分が健康でなければ、それらを楽しむことはできません。何よりまずは、「健康」です。
こうした老後の「健康」には、肉体的な健康と精神的な健康があります。
肉体的な健康とは、そのまま身体が健康かどうかということです。自分の足で歩けること、ぼけないこと。
精神的な健康とは、仕事を引退することで虚無感に襲われ、生きる意味を見失ってしまう、社会から断絶されたと感じ孤独感に襲われる、といった事態にならないように仕事以外にも生きがいや生きる意味を知っておくことが重要になります。
もちろん、老後に差し掛かると程度の差こそあれ、皆が同じように生きる意味について考えさせられるものだと思います。
20代、30代、40代、50代といろいろやってきた人が退職後、フト自分自身を見つめなおし、生きる意味について考え始める、それは素晴らしいことだと思います。
しかし、命が大事だから「健康」が大事なのです。
そして健康ならばこそ、前向きに「第二の人生」のこと、生きる意味、について考えられるもいえるかもしれません。