老後とは「第二の人生」、夫婦にとっては2回目の結婚生活スタートといえるかもしれません。
こうした老後を迎えた夫婦の悩み・問題を反映したのが、「熟年離婚」と言われるものです。
長年連れ添った夫が定年を迎え、夫と二人きりの老後生活が待っているという段階になって、もう我慢が出来ないという思いで「熟年離婚」したいという妻が増えているのです。こうした背景には熟年離婚をしても、財産分与に年金も加わり経済的に安定した生活が送れるという事実が、熟年離婚の数を増やしているようです。
子供を育て上げ、定年、老後を迎えてやっと家庭に目を向けたときに、そこには心の癒しとなるべき家族がいないという現実・・・。考えただけでも空恐ろしくなります。
しかし、そうした原因は老後になって出来たわけではなく、老後になる前の現役時代に種が植えられているのです。家庭を顧みず、仕事に全身全霊を捧げていたケース。妻には内緒のつもりで「浮気」を重ねていたケース。家庭内暴力(DV)など。
熟年離婚の原因はほとんどが男性側のこれまでの生き方が問題となって起きています。
中には「家族のために仕事を一生懸命頑張ってきて、やっと老後を迎えたのに、離婚だなんて・・・」と頭を抱える男性も多いと聞きますが、その生き方は本当に家族のためだったのでしょうか。
自分勝手な思い込みが、妻や家族に負担を強いていることはないでしょうか。老後を迎える前に自分の現状を振り返ってみましょう。老後を迎えてからでは遅いかもしれませんよ。
現在、日本の「平均寿命」は80歳を超えていると言われています。
この「平均寿命」とは正しくは、0歳児の「平均余命」のことをさします。つまり産まれてきた子供がいくつまで生きるかということを表した数字です。
現代は医療技術の進歩によって「生(せい)」の時間が飛躍的に伸びていると言っても過言ではないかもしれません。
少し詳しくご紹介すると、縄文時代(今から2000~10000年前)の平均寿命が15歳未満(!)で、16世紀の室町・鎌倉時代までその数字はほとんど変わっていないと言われています。
ようやく17世紀の江戸時代に入って、平均寿命が20代~30代前半になり、平均寿命が50歳を超えるのは、なんと第二次世界大戦後の1947年です。
それまでの日本では、医療技術の未発達に加え、食糧事情、栄養事情の悪さが影響して長生きすることができなかったと言えます。また「乳幼児の死亡率の減少」も戦後の平均寿命の改善に大きな影響を与えています。
つまり65歳で引退し、老後を「第二の人生」としてスタートさせることが一般的になったのは、ここ20~30年の事象だということが言えそうです。
これまでの人類史上、最も「長生き」することが可能となったため、今までの価値観や方法だけでは老後を生き抜けない世の中になったといえるでしょう。つまり「老後」は今までの人生の延長線上にありながら、新たな人生の意味、ライフスタイルが求められる時代になったといえるかもしれません。
「高齢化社会」という言葉がありますが、少子化問題とセットで「少子高齢化」がひとつの社会問題となっています。
こうした問題を考える場合、0~14歳を「年少人口」、15~64歳を「生産年齢人口」、65歳以上を「老年人口」とする3区分がスタンダードとなっています。日本では、この65歳以上の全人口における割合が2007年(平成19年)に20%以上となり、「超高齢社会」に突入したと言われています。
つまり、既に「高齢化」することが問題ではなく、「超高齢社会」になってしまっているということです。
人生80年と言われるようになって久しく、定年リタイアする年齢は年々遅くなっていますが、「老後」というのは65歳以上を指すと考えていいでしょう。今現在の日本では、65歳以上の老後を迎えた人口が全人口の5分の1を超え、日本人の5人に1人が老後ということになります。
「2007年問題」とも言われた団塊の世代(1947~1949年生まれの人々)の定年退職問題、今後2012年ごろに迎える団塊の世代の年金受給など、日本の高齢社会が抱える問題はこれから本番を迎えるともいえます。
こうした老後を迎える世代も人生を全うするまでは、まだまだ20年以上あるというのも見逃せません。老後というと「もう終わり・・・」などという印象が強いですが、決してそんなことはないのです。
老後を迎えてからが「第二の人生」のスタートなのです。
「老後」というのは言葉としては、「老いて後(のち)」ということになりますが、まさに『老いて後の第二の人生』を謳歌することに他ならないのです。