10代・20代の頃は楽しくて生きる意味なんて考えたことはありませんでした。
30代・40代は仕事に、遊びに、子育てに忙しくて、生きる意味なんて考えられませんでした。
50代になって身体を壊して、生きる意味を考えるきっかけに。
60代になって定年退職・リタイアをきっかけに初めて生きる意味について考えました。
このようにおっしゃる方がいました。
老後になって初めて生きる意味を考えたと。
長く生きてきた割には、「生きること」を知らずにきたとも言えます。
親鸞会のホームページには親鸞聖人の書かれた「正信偈(しょうしんげ)」のことが詳しく書かれています。
親鸞聖人は「正信偈」の冒頭で「帰命無量寿如来、南無不可思議光」<親鸞は弥陀(みだ)に救われたぞ、親鸞は弥陀に助けられたぞ>と阿弥陀仏(あみだぶつ)に救い摂られたことを二度叫ばれて「喜び」を表現されています。
阿弥陀仏の本願によって、生命の歓喜あふれる身になったのでとも聞いたことがあります。
そして、これほどの喜びを皆も同じように感じてほしいという願いが込められています。
生きる意味、人生の大切さ、人生の目的を知るために今までは触れてこなかったことでも
学んでみるのも大事かも知れません。
その上で、仏教には歴史もあり、深く人間というものが洞察されているので、オススメです。
「生きる」意味を知らずに生きることは、何も見えない暗闇を駆け抜けるがごとくに危険なことだと言えます。暗闇を照らす光の答えが「生きる意味」なのではないでしょうか。
「どうしていいかわからない」、「何をきっかけにすればいいの?」というひとは親鸞聖人のお言葉に触れてみるのもいいかもしれません。