社会福祉法人全国社会福祉協議会では、老後を上手に生きたいと思っている方に役立つ、自らの人生をふりかえり、これからの地域社会での生活を描けるよう、気軽に取り組める『老後の生き方・暮らし方ノート』を無償ダウンロード提供しています。
この『老後の生き方・暮らし方ノート』を自分で作成することによって、老後の生き方、地域社会との関わり方を考えようというものです。
老後の生き方には、みなさん同じように悩みを抱えていらっしゃいます。
まずは自己分析を行うことで、老後の生き方を考える上でのきっかけにしようというものです。
このように老後の生き方に迷ったら、「歎異抄(たんにしょう)」を読んでみるのもいいかもしれません。歎異抄とは、親鸞聖人とそのお弟子さんの唯円さんとの会話が中心になっており、生き方に関するヒントになりそうなことがいっぱい書いてあると思います。
浄土真宗親鸞会のホームページでも歎異抄のことが詳しく解説してあるので、読む前にチェックしてみるのもいいかもしれません。
「老後」とは名ばかり、実は20年以上も続く立派な「第二の人生」なのです。
これからの「第二の人生」を豊かにできるかどうかは自分次第。生きることの意味、人生の目的を明らかにして生きることが大切だと思います。
老後を迎えた人、これから老後を迎える人、老後なんてまだまだ先と思ってる人、全ての人に「歎異抄」を読んでみてもらいたいと思います。何度も読み返してみるのがおすすめです。
10代・20代の頃は楽しくて生きる意味なんて考えたことはありませんでした。
30代・40代は仕事に、遊びに、子育てに忙しくて、生きる意味なんて考えられませんでした。
50代になって身体を壊して、生きる意味を考えるきっかけに。
60代になって定年退職・リタイアをきっかけに初めて生きる意味について考えました。
このようにおっしゃる方がいました。
老後になって初めて生きる意味を考えたと。
長く生きてきた割には、「生きること」を知らずにきたとも言えます。
親鸞会のホームページには親鸞聖人の書かれた「正信偈(しょうしんげ)」のことが詳しく書かれています。
親鸞聖人は「正信偈」の冒頭で「帰命無量寿如来、南無不可思議光」<親鸞は弥陀(みだ)に救われたぞ、親鸞は弥陀に助けられたぞ>と阿弥陀仏(あみだぶつ)に救い摂られたことを二度叫ばれて「喜び」を表現されています。
阿弥陀仏の本願に帰依することで、生きることの意味を感じ取られたのではないかと思います。
これほどの喜びを皆も同じように感じてほしいという願いが込められています。
生きる意味、人生の大切さ、人生の目的を知るためにイロイロな考えに触れてみることは重要です。
「生きる」意味を知らずに生きることは、何も見えない暗闇を駆け抜けるがごとくに危険なことだと言えます。暗闇を照らす光が「生きる意味」なのではないでしょうか。
「どうしていいかわからない」、「何をきっかけにすればいいの?」というひとは親鸞聖人のお言葉に触れてみるのもいいかもしれません。
老後のことを不安に思って「人生相談」を求める人が増えています。
昨年来の世界的大不況、長引く政治不信、少子高齢化から連なる年金問題など、将来を描けなくて不安に感じている人が増えているのだと思います。
今まさに老後を迎えている人も、介護のこと、孤独、生活苦などたくさんの悩みを抱えていらっしゃいます。こうした悩みは尽きることがありませんが、なぜなのでしょうか。
「生きるのが難しい」と感じている人が年々増えてきているように感じられます。
自殺者が毎年3万人以上いることをご存知でしょうか。これほど医療技術が発達して、死ぬことが難しくなっているというのに、自殺者の数が増え続けているのは皮肉だと思いませんか。
こうした背景には「生きることの意味」を見出せずにいる現代人が多いことがあると思います。親鸞会のホームページでは、親鸞聖人や蓮如上人といった偉人の言葉を通して「生きる」ことの意味を分かりやすく伝えています。生きることが難しい、なぜ生きているのか、といった疑問に応えようとしています。
現代社会では特に「老後」と言われてからも、20年以上生きる世の中になりました。人生は突っ走るだけの生き方には長くなりすぎたのかもしれません。しかし後戻りすることも出来ません。
老後は「第二の人生」とも言います。これからの人生を考えるときに、もう一度「生きる意味」を問い直してみてはいかがでしょうか。
時間はあります。豊かな人生になるか、貧しい人生になるかはあなた次第です。
老後とは「第二の人生」、夫婦にとっては2回目の結婚生活スタートといえるかもしれません。
こうした老後を迎えた夫婦の悩み・問題を反映したのが、「熟年離婚」と言われるものです。
長年連れ添った夫が定年を迎え、夫と二人きりの老後生活が待っているという段階になって、もう我慢が出来ないという思いで「熟年離婚」したいという妻が増えているのです。こうした背景には熟年離婚をしても、財産分与に年金も加わり経済的に安定した生活が送れるという事実が、熟年離婚の数を増やしているようです。
子供を育て上げ、定年、老後を迎えてやっと家庭に目を向けたときに、そこには心の癒しとなるべき家族がいないという現実・・・。考えただけでも空恐ろしくなります。
しかし、そうした原因は老後になって出来たわけではなく、老後になる前の現役時代に種が植えられているのです。家庭を顧みず、仕事に全身全霊を捧げていたケース。妻には内緒のつもりで「浮気」を重ねていたケース。家庭内暴力(DV)など。
熟年離婚の原因はほとんどが男性側のこれまでの生き方が問題となって起きています。
中には「家族のために仕事を一生懸命頑張ってきて、やっと老後を迎えたのに、離婚だなんて・・・」と頭を抱える男性も多いと聞きますが、その生き方は本当に家族のためだったのでしょうか。
自分勝手な思い込みが、妻や家族に負担を強いていることはないでしょうか。老後を迎える前に自分の現状を振り返ってみましょう。老後を迎えてからでは遅いかもしれませんよ。
会社や仕事を定年退職して、第二の人生をスタートさせて、いざこれから老後を迎える人が抱える悩みにはイロイロあります。
今まで、会社や仕事で一生懸命頑張ってきて、まだまだ働けるのに定年ということで会社を去らなければならない・・・。仕事を取り上げられることで、社会から取り除かれてしまったという孤独感。
65歳になったという事実だけで「高齢者」と呼ばれてしまうことへの抵抗感。
こうした心の悩みを抱えてしまう方が後を絶ちません。
現役時代は仕事のストレスに悩み、老後は仕事から離れてストレスを抱える・・・。
まさに「ストレス地獄」といえるような苦しみを抱えた人が増え続けています。
「生きる」こととは何ぞや、という問いかけをしてこなかったツケが、老後に一気に噴出してしまったといえるかもしれません。
現代の日本では、「死」を徹底的に日常生活と切り離してしまっています。
亡くなる人のほとんどが病院で最期を迎え、葬式は郊外の斎場で行われるケースが多くなっています。日常生活の中に「死」の匂いのするものはほとんどありません。
日常生活から「死」を完全に閉め出してしまったがために、コントラスト(対比)としての「生きる」ことの大切さも薄れてしまったように感じます。「死」を真正面から捉えることで、「生きる」意味が見えてくるのではないでしょうか。
老後を迎える前に、現役の間に「死」について、「生きる」ことの意味について今一度考えてみてはいかがでしょうか。
現在40歳前後の、特に独身女性を「アラフォー」世代と呼ぶのをご存知だと思います。
この世代の女性は、高校卒業時に「男女雇用機会均等法」の施行を迎え、続々と社会進出を果たしていったキャリアウーマンの「先駆け」ともなった世代です。
バリキャリ(バリバリキャリア)とも言われ、男性と変わらない収入を持ち、一人で生きることを自由に選択できるようになった世代ともいえます。つまり、結婚しないことを選択したことによって、今までの価値観では想像できない「老後」を迎えるといってもいいでしょう。
結婚という形ではないパートナーとの老後、女性一人で迎える老後、もちろん結婚している人も老後を迎えます。しかし、それぞれの老後の人生設計は大きく異なり、多種多様な老後の在り方が存在するようになっていくことが考えられます。
老後を迎えるまでのおよそ20年間をかけて、老後の生き方、人生設計、価値観を作っていかなければならない世代なのではないでしょうか。そこでは、これまでの既存の考え方だけではついていけない新たな考え方、価値観が必要になると思います。
老後といわれる期間も、女性の平均寿命が85歳を超えている今では20年以上あります。赤ちゃんが生まれて成人するまでの時間ですから、決して短い余生といえるような長さではありません。
老後は「第二の人生」ともいいます。
まだまだ定年退職してリタイアするまで20年以上ある、などと高をくくらずに今のうちから老後のことを真剣に考えていこうじゃありませんか。
現在、日本の「平均寿命」は80歳を超えていると言われています。
この「平均寿命」とは正しくは、0歳児の「平均余命」のことをさします。つまり産まれてきた子供がいくつまで生きるかということを表した数字です。
現代は医療技術の進歩によって「生(せい)」の時間が飛躍的に伸びていると言っても過言ではないかもしれません。
少し詳しくご紹介すると、縄文時代(今から2000~10000年前)の平均寿命が15歳未満(!)で、16世紀の室町・鎌倉時代までその数字はほとんど変わっていないと言われています。
ようやく17世紀の江戸時代に入って、平均寿命が20代~30代前半になり、平均寿命が50歳を超えるのは、なんと第二次世界大戦後の1947年です。
それまでの日本では、医療技術の未発達に加え、食糧事情、栄養事情の悪さが影響して長生きすることができなかったと言えます。また「乳幼児の死亡率の減少」も戦後の平均寿命の改善に大きな影響を与えています。
つまり65歳で引退し、老後を「第二の人生」としてスタートさせることが一般的になったのは、ここ20~30年の事象だということが言えそうです。
これまでの人類史上、最も「長生き」することが可能となったため、今までの価値観や方法だけでは老後を生き抜けない世の中になったといえるでしょう。つまり「老後」は今までの人生の延長線上にありながら、新たな人生の意味、ライフスタイルが求められる時代になったといえるかもしれません。
老後を楽しむためには、「健康」であることが大切です。
家があっても、お金があっても、孫が元気でも、自分が健康でなければ、それらを楽しむことはできません。何よりまずは、「健康」です。
こうした老後の「健康」には、肉体的な健康と精神的な健康があります。
肉体的な健康とは、そのまま身体が健康かどうかということです。自分の足で歩けること、ぼけないこと。
精神的な健康とは、仕事を引退することで虚無感に襲われ、生きる意味を見失ってしまう、社会から断絶されたと感じ孤独感に襲われる、といった事態にならないように仕事以外にも生きがいや生きる意味を知っておくことが重要になります。
もちろん、老後に差し掛かると程度の差こそあれ、皆が同じように生きる意味について考えさせられるものだと思います。20代、30代、40代、50代とそれぞれの年代で感じる生きる意味とは違った、老後には老後の悩み、生きる意味があると思います。
しかし、こういったことを考えられるのも「健康」があってこそです。
健康だからこそ、前向きに「第二の人生」のこと、生きる意味、楽しいことが考えられるのではないでしょうか。
老後の健康のこと、今から考えておきましょう。
老後の健康のために今から出来ること、今のうちにやっておかなければならないことを書き出してみましょう。
「まだ老後なんて先のこと・・・」
「今はまだ老後のことなんて・・・」
と先送りにしていては取り返しのつかないことだってあるかもしれません。
将来の自分にしてあげられることを考えてみましょう。
「老後の楽しみ」といえば、何を思い浮かべるでしょうか。
「孫の成長」、「趣味」、「旅行」などなど。やはり、老後の楽しみは、現役時代にしっかりと働いた「ご褒美」というのが、一般的な考え方でしょう。
この老後の楽しみを支えるためにも、老後のマネープランは現役のときからしっかりと考えておかなければなりません。
「年金はいつから、いくらもらえるのか」
「資産形成、資産運用」
「老後のキャッシュフロー」
こうした老後資金のことを計画だてて考えておくことが、老後の安心につながると思います。
経済成長率やインフレによっても数字は変動しますが、老後に必要な月収は30万円程度と言われています。生活できればいいという老後の収入レベルが20万円程度と考えられていますから、少し余裕がある計算になっています。
こうした数字を目安に、老後の収入・マネープランを考えておく必要があるのです。「年金の金額は?」「必要な資産形成の金額」「個人年金のこと」などなど。老後に備えて、準備しておくことは山ほどあります。
「第二の人生」を謳歌するためにも、早い時期から老後のマネープランを考えておくのが重要だと思います。
しかし、お金が必要だからといってお金以外のことを切り捨ててしまってはいけません。老後を考える場合には、長い「第二の人生」を楽しむための「趣味」、「生きがい」も大切です。お金だけに縛られて「生きる意味」を失ってしまっては、本末転倒です。
お金は必要ですが、「必要条件」であって「十分条件」ではないことを肝に銘じておきましょう。
「高齢化社会」という言葉がありますが、少子化問題とセットで「少子高齢化」がひとつの社会問題となっています。
こうした問題を考える場合、0~14歳を「年少人口」、15~64歳を「生産年齢人口」、65歳以上を「老年人口」とする3区分がスタンダードとなっています。日本では、この65歳以上の全人口における割合が2007年(平成19年)に20%以上となり、「超高齢社会」に突入したと言われています。
つまり、既に「高齢化」することが問題ではなく、「超高齢社会」になってしまっているということです。
人生80年と言われるようになって久しく、定年リタイアする年齢は年々遅くなっていますが、「老後」というのは65歳以上を指すと考えていいでしょう。今現在の日本では、65歳以上の老後を迎えた人口が全人口の5分の1を超え、日本人の5人に1人が老後ということになります。
「2007年問題」とも言われた団塊の世代(1947~1949年生まれの人々)の定年退職問題、今後2012年ごろに迎える団塊の世代の年金受給など、日本の高齢社会が抱える問題はこれから本番を迎えるともいえます。
こうした老後を迎える世代も人生を全うするまでは、まだまだ20年以上あるというのも見逃せません。老後というと「もう終わり・・・」などという印象が強いですが、決してそんなことはないのです。
老後を迎えてからが「第二の人生」のスタートなのです。
「老後」というのは言葉としては、「老いて後(のち)」ということになりますが、まさに『老いて後の第二の人生』を謳歌することに他ならないのです。